5式戦闘機(キー100-1~2)

3式2型戦は、エンジン生産遅延のため首なし機の滞溜を来す結果となったので、昭和19年11月、エンジンをハー112(空冷式)につけかえたキー100の試作が始った。

3戦の胴体巾は最大約84cmで、これに直径1.22mの空冷エンジンをつむためには、並々ならぬ苦心が払われた。

12月末に設計は終わり、機体は1月末に完成し、処女飛行は20年2月1日に行われた。試験飛行の結果は極めてよく、試作を行う一方直ちに生産に着手し、3月には36機、4月には89機、5月には111機に達した。月産約200機の目標の下に努力が続けられたが、6月22日、26日に岐阜製作所が空爆に逢い、生産は更に低下、更に一宮工場の全焼によって生産は殆んど停止するに到った。

5式と名付けれたキー100は、内地防空戦以外に活躍し、7月には陸軍大臣から感謝状を授与されたほどである。

速度は多少低下したが上昇力は素晴らしくなり、軽快な運動性を持つて縦横に飛び回り整備の簡易化と共に優秀な戦闘機となつた。正に大穴を射止めたといってもよおく、関係者も意外な好性能に驚いたといわれる。液冷エンジンの使用をもう少し早くあきらめておればどんな結果となったであろうか。

なお、B-29による高々度爆撃の対策として本気に排気ガスタービン過給器をつけ、10,000m内外における性能の改善をはかったものをキー100 2型と称し、20年5月に第1号機が完成、次いで2、3号機が作られた。審査の結果は、実用に供し得るとのことで直ちに生産準備に着手し、9月より整備機を出す予定であったが生産に到らなかった。

実践記録

本機は昭和20年春になって部隊に装備されたので、活動する時期が短かった。敵機動部隊が盛んに内地を攻撃したころ、本機を装備した飛行第244戦隊は、調布、八日市飛行場より、グラマンを邀撃し、大きな戦果を挙げた。また九州方面でも、沖縄基地から来襲する敵機を反撃し潰走させた。

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