4式重爆撃機「飛龍」(キー67)

強制冷却ファンをつけたため、エンジンを絞るとヒーンという異様な音を発した4式重爆は、その性能といい形態といい、全く日本陸軍重爆撃中の傑作機で、世界に誇るに足る存在であった。

海軍では陸軍の試作にあたり、多少の速度を犠牲にしても航続力を要求したが、陸軍当局は速度を第一に要求した研究内示を、14年12月―つまり97式2型を作る1月前―に三菱に発し、試作の正式指示は16年2月になされた。その要求する内容は(1)常用飛行高度は4000~7000m、(2)行動半径は巡航で2時間の余裕をみて1000km(爆弾を減らして1500km)、(3)最大速度は550km/h(海軍の銀河に匹敵)、(4)発動機はハー101、103、109クラス、(5)爆弾搭載量は500kg(その後800kgに増加)搭載爆弾は50kg~250kg、(6)座席は9~10、(7)後方武装は重視する(前方、後上方、側方、下部、尾部に各7.7mm1挺)等々であった。

この要求はやはり地上軍の戦術爆撃を主としており、航続力は依然として対ソ関係を考えての値だった。

三菱では小沢久之丞技師を中心として、東条輝雄技師、村上、斎藤、植木、宮原技師らが設計にあたったが、軍の要求よりも速度、航続力の増加を企て、特に将来必ず追加要求されるであろう航続力増加の問題については予め余裕をもたせた。即ち胴体タンクのみで軍要求の航続力を充たすようにし、その他翼内に左右各々4ヶの燃料タンクを設けるようにした。また、乗員の居住性の向上、徹底的な量産化にも十分意を用いて設計にあたった。

第1号機は、昭和17年12月に処女飛行に成功し、引続いて社内飛行が行なわれた。その際の欠点は安定や操舵関係が中心であったが、まず方向舵が重いこと、縦安定に難があること、尾部に細かい振動があること等がその主な欠点としてあげられた。方向舵の重い点はコードを最初の80%に縮めて矯正し、縦安定の問題は、昇降舵の断面形をなおし(水平安定板と昇降舵が同一断面をなしてないのはこのためである。)尾部の振動は計器速度500km/h以上の急降下で生起したので、タブバランスを代えてなおした。この場合はタブがフラッターを起こしていたのである。なお脚にも弱点があったので、取付部の補強もなされた。

4式重爆というより「飛竜」の名で親しまれた本機は、99双軽をしのぐ軽快な操縦性を持っており、爆弾を積まなければ宙返り、垂直旋回等を簡単に実施出来たというから、銀河と共に卓越した操縦性を持っていたのである。急降下もどんどん行い、加速もよく、計器速度600km/h(実際の速度は、大気密度気温などによりて換算するので、600kmを相当上廻る値である)まで急降下してもびくともしなかった。

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